つい先日、ノーベル生理学・医学賞に坂口志文先生(大阪大学)が選ばれたことがニュース番組などで大きく取り上げられました。ノーベル生理学・医学賞を受賞した日本人は6人目で、2018年の本庶佑先生以来です。
坂口先生の主な業績は「免疫応答を抑制する仕組みの発見」で、最もインパクトがあるのが「制御性T細胞」の発見です。制御性T細胞は自己免疫疾患やがんの治療への応用が期待されています。
今回は、一見関わりが薄そうな動脈硬化に対する治療の未来も、制御性T細胞が変えるかもしれないという話です。

制御性T細胞について
制御性T細胞は、過剰な免疫反応を抑えるブレーキ役となるリンパ球の一種で、1995年に坂口先生が、その存在とその免疫システムにおける重要性を世界で初めて論文として発表しました。免疫学の分野では、免疫を抑える役割を担う免疫細胞の存在は疑問視されており、それまでの常識を覆す画期的な発見でした。
制御性T細胞は、免疫反応が過剰になり、自分の正常な細胞を誤って攻撃すること(自己免疫)を防いでいます。制御性T細胞の数や機能が低下すると、免疫バランスが崩れてブレーキが効かなくなり、自己免疫疾患やアレルギーを発症する原因となります。
制御性T細胞の発見は、自己免疫疾患やアレルギーに対する新たな治療法の開発に大きく貢献すると期待されています。
1型糖尿病の治療にも新たな扉が開かれるかもしれません(松田友和医師「制御性T細胞と1型糖尿病~ノーベル賞が開く治療の可能性~」)。
また、制御性T細胞の働きを抑制(ブレーキを解除)することで、がんに対する免疫を強めるといった、新たながん免疫療法につながる可能性があります。
動脈硬化とは?
動脈硬化とは「動脈の壁が厚く硬くなり、血管の弾力性(しなやかさ)が失われた状態」のことです。 単なる加齢による変化ではなく、糖尿病、高血圧、脂質異常症、喫煙など様々なリスクファクターによって進行が加速します。
動脈硬化のメカニズムとして、以下のように考えられています。
動脈硬化が進むと、血管が狭くなり十分な酸素や栄養が各組織に届かなくなったり、血管が脆くなり破裂するリスクが高まったりします。その結果として、心筋梗塞、脳梗塞、脳出血などの重篤な病気を引き起こす原因となります。
動脈硬化と制御性T細胞
制御性T細胞は動脈硬化の予防において、重要な役割を果たすことが分かってきています。
動脈硬化は、いわば血管の慢性炎症であり、上のメカニズム2)では免疫の異常活性が関わっています。制御性T細胞はその免疫抑制作用によって、過剰な炎症反応を抑え、病変の進行を防ぐ働きをします(J Clin Med.2021;10(24):5907.)
マウスを用いた実験では、制御性T細胞を除去すると動脈硬化病変のサイズが拡大し、逆に制御性T細胞を補充すると動脈硬化病変が縮小することが示されました(Nat Med.2006;12(2):178-180.)。
おわりに
この時期の風物詩ともいえるノーベル賞の発表ですが、日本人が受賞したというニュースを聞くと、なんだか嬉しい気持ちになります。
これまでは、動脈硬化の進行予防を目指すためにリスクファクター(血糖や血圧、脂質)の治療が中心でした。しかし、制御性T細胞によって、動脈硬化「それ自体」をターゲットとした治療法が登場するかもしれません。免疫学の歴史を変えたといえる制御性T細胞の発見が、そう遠くない将来、どのような形で実用化されるのか楽しみです。
2025年10月25日